おばあさん仮説

おばあさん仮説が正しいのかどうかは判断つかないんで別に肩持つわけじゃないんだが、トンデモってわけじゃなくそれなりに根拠と合理性のある仮説だと言う気はしてるんで、解説してみる。
前回のおさらい。人間の女性には他の動物のメスと違って閉経という現象があります。ほとんどの動物は死ぬまで繁殖するけど、人間の女性は寿命より明らかに短い時点で閉経という形で繁殖できなくなり、でもその後も長生きする。これは何故か、何故人間はそういう風に進化したのか、というのを説明するのが、おばあさん仮説なのだな。
この仮説はもともと、フィンランドとカナダでの教会の膨大な戸籍記録を調べた研究の中から提唱されたもの。Fitness benefits of prolonged post-reproductive lifespan in women という論文として2004年の Nature に掲載されたんだが、それによると以下のことがわかったらしい。

  • 閉経後長生きした女性ほど、たくさんの孫が成人するまで生き残った
  • そういった女性は、自分の娘が閉経する頃に寿命となって死ぬことが多かった

ここから研究者達は次のような仮説を立てたわけです。女性が年を取ってくると、体力その他の理由により、子供を産んでも死産/未熟児/自分も死んでしまうといったケースが増える。ある時点からは、自分で子供を産むよりも、自分の娘の産んだ子(孫)を一緒に育てる方が、残せる子孫の人数の期待値が高くなる。つまり閉経を引き起こす遺伝子が集団内に広まりやすいような淘汰圧が働く。この淘汰圧は「孫まで含めた大きな家族を構成する」という環境でのみ働くので、大家族を構成する人間では有効だが、人間以外の動物では有効でない。人間だけが閉経する理由をこれで説明できる。
もちろん際限無く長生きするわけじゃなくて、寿命を短くするような淘汰圧もあるので、それらがバランスするところで寿命が決まることになる。そのバランス点が「娘が閉経する頃」だてのも、まあ理にかなってるわな。ちなみに子育てはやはり女性の方が上手なので、男性の「おじいさん効果」はあっても淘汰圧として弱い。その淘汰圧の差の分だけバランス点がズレて、男性は女性ほど長生きしない、ということになったとの説明だな (でも一夫多妻制だとおじいさん効果が若干大きくなるのでバランス点も若干長生き寄りになるというのが前回の話)。
まあいろいろ疑問もあるとは思うが、さすがに Nature の査読を通った論文だけあって、我々素人が考え付くような疑問にはたいてい回答が用意されとるよ。
それと、こういう仮説が出てくる背景についてもコメントしとこう。欧米では進化論というものがキリスト教初めとする創造論勢力と絶え間ない戦いを繰り広げてて、ちょっとでも隙があれば容赦なく突かれるという状況がある。「ネオダーウィニズムでは閉経を説明できないじゃないか」「その点創造論なら聖書にこう書かれているから…」とか叩かれるわけだな。なので「こう考えれば説明できる」という仮説は創造論との戦いの武器として常に必要とされてる。重要なのは「意味を求めること」じゃなくて「現象を説明すること」なのだ。仮説が本当に正しいかどうかはどうせ検証できないんだから割とどうでもよくて、「ネオダーウィニズムでも矛盾無く説明可能」てのが重要なんだな。「利己的な遺伝子」とかもそのために作られた概念だし。そういう過酷な戦場に長く身を置いてるとリチャード・ドーキンスみたいに荒んだ心の持ち主になってしまうわけやに。日本にはそういう熾烈な戦いがないので、今西進化論とか池田清彦構造主義進化論みたいな能天気な説がのほほんと唱えられてたりするわけだ。