ローマ帝国崩壊の話

うお。なんかすごいことに。本家はともかく、こっちの日記がぶくまされるのって慣れてないんですよう。


ローマは気候変動で滅びたか? (404 Blog Not Found)
キャラ萌えだけの人が、わざわざ「インフラ」を主人公にした巻を書くだろうか。
う、10巻を持ち出されると確かに弱い。「ローマ帝国が他の国に比べて長持ちした」理由としてインフラストラクチャというのは確かに重要だと言わざるを得ますまい。「キャラ萌えだけ」でなく「インフラ萌え」もあると認めるに吝かでないです。
しかしながら、「気候変動がローマ帝国に与えた影響は、滅亡の唯一無二の原因とまでは言わないが、相当に大きいものがあった」という点については、全く論拠が無い話というわけでもありませぬぞ。
ベスビオ火山の噴火による影響が一時的なものだったのに対して、古墳寒冷期の気候変動は地中海地域の気候帯を変えるほど大きなものだったと明らかになってます。地中海性気候って、今でこそ地中海の沿岸を覆ってるからこの名前がついてますけど、極高気圧の勢力バランスによって南北に移動する。紀元前3世紀から2世紀ぐらいまではフランス全体が地中海気候っていうぐらい北まで達してた。ガリアのローマ化がすんなり行ったのもこの気候に依るところが大きかっただろうし、ローマが世界帝国を築く上での助けにもなってたのかもしれない。ところが3世紀頃を境にこれが反転して、スペイン・イタリアまで西岸海洋性・大陸性気候の気団に覆われるようになり、気温はもちろん降水パターンまで含めた変化が起き、かつこれが9世紀くらいまで持続します。地中海北岸地域の農業が受けた影響は甚大なものだったでしょう。もちろん気候だけが原因でローマが世界帝国を築けたとか滅びたとか言うつもりは無いですけど、でもそういう視点を欠いたまま話を進めるのは、どんなもんかと。
シュペーラー極小〜ドルトン極小の頃も気候の寒冷化は激しかったわけですが、むしろ私は江戸幕府がよく乗り切ったもんだと褒めてあげたい。この時期には他にも、15世紀にタラの漁場が変化したことによってスペイン・ポルトガルの造船・航海技術がアップした(そして新大陸発見に結び付いた)とか、寒冷化による毛織物の需要増大によって産業革命がドライブされたとか、不作がフランス革命に火を着けたとか、いろいろ面白い話があります。もちろん、なんでローマ帝国もフランス王制も倒れたのに江戸幕府は持ったか、って考察は重要だろうと私も思います。仮に「ローマ帝国江戸幕府みたいにやってれば滅びなかった」のだとすれば、「なぜ江戸幕府みたいにできなかったのか」こそがクリティカルな原因とゆうことになるかもしれんからね。まあ、もはや騎馬民族がやってくる時代じゃなかったとか、農業技術の進歩とか、そういうことなのかもしれんけど。
森林伐採の話は、むむー、私も忘れてました。確かに大きそう。他に忘れてたことと言うと戦術的な面あたり。マリウスの頃の蛮族は何も知らんかったけど、3世紀以降ともなるとさすがに知恵がついてきたとか。「ローマが蛮族に対して戦術的優勢を保てた期間==赤の女王が立ち止まってられた期間==帝国を無理なく維持できた期間」なのかもしれん。それが気候変動の時期と重なったのはローマにとっての不幸だったし、だからこそ壮大な崩壊劇となった、とかそういうあれ。
それからキリスト教について。こっから先は私もサイエンスっぽくなくなってかなり勝手な想像を書いてしまうんですけど、私は「キリスト教化こそ環境の変化へのローマ人の適応だった」と見てます。「行動の正し手を宗教に求めたのがユダヤ人で、法律に求めたのがローマ人」って話があって、「だからローマ人は世界帝国を築けた」ってのが塩野史観なんですけど、法治国家というのが機能するために警察(軍事)力と経済力も必要ですよね。ところが気候変動や騎馬民族の侵入を初めとする諸要因によって、それを維持するのが難しくなってきた(この辺はインフラの話にも絡むかも)。どうしよう。そうだ。信仰心がミームによって伝播する一神教なら、そういうものが維持できない状況でも行動の正し手になるじゃないか。
もちろんキリスト教化がローマ帝国の崩壊をさらに加速させたのは事実でしょう。でもほら、塩野七生も言ってるけど、ローマって、「王制→共和制→ローマ出身の皇帝→イタリア出身の皇帝→属州出身の皇帝」っていう具合に、一つの指導体勢が機能不全に陥るたびに次のランナーが現れて、ってのが特徴だったじゃないすか。実はそれが「→軍人皇帝→キリスト教皇帝→キリスト教会」っていう風に続いたと見ることはできませんかね。それこそがローマ的な強さの発露だったと。それがほんとに良かったのかどうかはわからんですよ。塩野史観によれば「多神教的なおおらかさ」こそがローマ世界の本質なのでそれが失われるぐらいならって話になるわな。けど、何が大事かということを他のところに見るのであれば、例えば「三世紀以降の厳しい環境下で蛮族の教化に成功して教会指導による秩序をある程度維持した」ことを評価する見方だってできる。蛮族を教化できてなければ、15世紀からの小氷期にまた悲惨なことになってたかもしれないし。
まあ私個人の感覚ついて言えば、ローマのキリスト教化は失敗したとこが大きかったかなー、という気はします。コンスタンティヌスやアンブロシウスから数百年後に、一神教化によって大成功したと言っていい例が歴史に現れるんですよ。イスラム教です。次はイスラム帝国について書かんかな>塩野七生