盲点

私が日経サイエンスを好きになるきっかけになった記事、もう15年前のに載った記事なんですが、いまだに印象に強く残ってる記事があるので、紹介しませう。
人間の目には盲点というやつがあります。視神経の伸び方の関係で、網膜の中で一点だけ見えないところがある、というやつ。
しかしよくよく考えてみると「盲点の見え方」てのは不思議です。もし、単に「見えない」だけだったら、盲点は「黒い点」として見えるはずです。しかし実際には、白い紙を見れば盲点のところも白く見え、黄色い壁を見ると盲点のところも黄色く見えます。
もっといろいろ特殊なパターンを考えて見ましょう。例えば、白黒の縞模様を見たときって、盲点が白いところに来たり黒いところにきたりするはずです。しかし縞模様は連続して見えるので、盲点が白く見えるか黒く見えるかも自動的に切り替わっているはずです。市松模様も同じですね。
ではこれが水玉模様だとどうでしょう? 下図のように縦と横で色が違う線が交差しているところに盲点が来た場合には?

自分でもすぐ確かめられるような簡単な話なので皆さんも自分の目で実験してみて頂きたいんですが、それと同時にこの「盲点の見え方」には人間の視覚認知というものの隠れた性質が現れてるんですな。そこが面白い。人間の視覚は、物をあるがままに見るわけではなく、認知しやすいように様々な補正がかかるようになってます。錯視もその一つ。人工知能が人間なみの認識能力を持とうとすれば、錯覚・錯視もエミュレートしなければいけない、あるいは必然的に錯覚することになる、と見られます。盲点の例からは、「見えない部分を無意識のうちに補って認識する」という人間の脳の性質が見えてきます。その補い方には明確なルールがあります。目立つ色が強いとか、縦と横とか。そういうのってとても興味深いよね。
それに、「誰でも簡単に実験できるけど、普通だと実験しようとなかなか思いつかない」ってのも良い。そういうのを思いつく人って、やっぱり創造的と呼ばれるのにふさわしいと思う。
ちなみにこの記事を書いたV.S.ラマチャンドランは、後に 脳のなかの幽霊 という本を書いてるんですが、その中にはまた面白い話が出てきます。頭を怪我したことで目の中に大きな盲点ができてしまった男性の話。その男性の場合でも、盲点は補正されるのですが、盲点が大きいために補正に5秒ほどかかるのだそうです。例えば見てる画面をぱっと切り替えると、盲点の中身は5秒ぐらいかかってじわじわと切り替わるんだそうな。そういう話を読むとなんか妙にわくわくしてしまうのだ。