メモリー (ロイス・マクマスター・ビジョルド)


あなたのレディ・ヴォルコシガンが見つかるといいわね
以前紹介した親愛なるクローンで恋人同士になったマイルズ・ヴォルコシガンとエリ・クインですが、物語内時間で2年を経て、ついに別れることになります。封建制の色濃く残る惑星バラヤーでも指折りの貴族の跡取り息子として生まれたマイルズは、結婚して跡継ぎを生んでくれる伴侶を探さないといけない。けど宇宙傭兵の提督を目指すエリは、惑星なんぞに縛り付けられたくは無い。当初からこうなることはわかってたわけですが、でもこのセリフは心に突き刺さるわ。特に、エリ自身はおそらくマイルズ以外の伴侶を必要としてないんだよな。
てなわけで、去年の夏に出てた メモリー、ようやく買ってきました。最近ほんとに小説から遠ざかっとるな。
物語全体のパターンとしては「挫折と再生」モノです。特に挫折を描く前半部では、主人公マイルズが自分のアイデンティティを問う感が強く出ています。もともとこのシリーズは「マイルズのアイデンティティ」が根底を流れるテーマになってて、そのためにマイルズ・ヴォルコシガン卿とマイルズ・ネイスミス提督という一人二役の二重構造とか、マイルズのクローンであるマークの存在とか、いろんな仕掛けが用意されてるわけですが、今回は「マイルズ・ネイスミスを切り離す」という急展開でマイルズが自分の存在にかつてないほど苦悩することになります。あとついでに、記憶チップを失ったシモン・イリヤンも「おまえ変な方向に再生し過ぎだろ」て言うぐらい再生する。
アイデンティティを問う」ということについては、日本の若者っぽく「自分探し」とか言ってしまうとポワポワしたものになってしまいがちで、その根底には「今の自分を好きになれない/好きになれる自分がどこかにいるはず」的な態度があったりするんですが、この物語では「自分だと信じていたものを無理やり引き剥がされ、そこから新しい自分を作り直さねばならない」状況が描かれます。それも今回のマイルズは、ネイスミス提督としての自分のアイデンティティを守るために報告の捏造をしでかしてしまい、それが裏目に出たがために、という経緯。挫折を受容すること、「もはや自分は以前の自分ではない」ということをマイルズがいかに受容するかが、この物語の大きなテーマです。それが受容できたときに、エリと向き合ってお別れを言うことができたと。
メモリー 上 (創元SF文庫)

メモリー 上 (創元SF文庫)

メモリー 下 (創元SF文庫)

メモリー 下 (創元SF文庫)