時代の変化


「昔の肉屋の感覚引きずった」ミート社社長、会見で釈明 (朝日新聞)
偽装牛ミンチの製造などについて、田中社長らは「私の認識の甘さ。世の中の、時代の変化を認識できなかった」と釈明。
この田中稔社長って正直な人だなあってのが率直な感想。
羊頭狗肉って言葉はよく知られてるけど、もともとは春秋時代の斉の晏嬰が言ったとされる「牛首を懸けて馬肉を売る」って言葉が出典だそうですな。そっちのが今回の話によくマッチするな。
そういう偽装の話って、田中社長が言ってるように、日本でも昔から割と普通に行われてたこと。ただ昔と違うのは、消費者の求める倫理的な基準がどんどん高くなってきてて、またDNA鑑定みたいな技術の進歩によってバレやすくなってきてて、さらにネットを含めたメディアの発達によってバレたときのダメージがとんでもなくデカくなってきてるということ。田中社長の「時代の変化を認識できなかった」という反省は、全くもって正しい。
でまあ思うんだけど、「日本が昔に比べてダメになった」って嘆く人は多いけど、それはたいていの場合間違ってるぢゃろ。日本人の本質は昔から基本的にあんまり変わってない。それが日本人の長所でもあり短所でもある。ただ、求められるレベルや方向性が変化してて、相対的に「ダメ」と感じられることが増えてきてる、と見るのが正しかろうな。
例えば今日も自分の生んだ赤ん坊を遺棄した女子高生のニュースがあったけど、赤ん坊を間引くのは日本じゃ昔から一般的に行われていたことで、何ら目新しいことじゃない。「いや昔は貧しかったから間引くのも仕方なかったけど今は経済的に豊かなんだから違うだろ」と思うようでは日本人の本質がわかってない。「経済的に豊かになってるのにそれに対応できてない」のが日本人。
この「求められるものが変わってるのになかなか対応できない」ていう日本人の特性には、プラスマイナスの両面があるけど、まあマイナスの方が大きく出るのは致し方ないかと。例えば「帝国主義とか捕鯨とかは欧米の方がひどいことしてたのに日本だけが責められるのはずるい」と文句ぶーたれる日本人は多いけど、「時代の変化への対応が日本だけ遅れた」という点にこそ本質がある。帝国主義なんて第一次大戦の頃にもうダメダメだったのにそれに気づかず突っ走ったのは馬鹿だったと思うなあ。そりゃハシゴ外されてババ引かされても文句言えんわ。捕鯨も同様。
ちなみに最近は似たようなことを中華人民共和国に見てます。あの国もまた日本以上に時代の変化に対応できてないからなー。人権弾圧とかコピー商品とかの状況って、実は100年ぐらい昔の日本とそんなに変わんないんですよ。でも日本は幸いなことに戦争でアメリカに負けて、形ばかりではあっても民主化というやつを無理やり押し付けられ、いろんなことに対応させられた。ラッキーぢゃったね。でも中国は一応戦勝国だったので、誰も押し付けてくれる人がおらんかった。不幸ぢゃったわけだが、まあ叩かれても仕方ないな。中国が時代に追いつくのにあと100年ぐらいはかかるか。