半分だけの男にはわけまえも半分だ


ほんとうにぼくのことを愛しているのなら、喜んでぼくの半身として自分の一生を犠牲にするんじゃないのか。ああ、そりゃそうだ。彼女は自分を犠牲になんかしない。その気持ちが彼女を強くしている。強いからぼくは彼女が欲しい。これじゃ堂々巡りだ。
ヒューゴー賞を5回受賞したアメリカのSF作家ロイス・マクマスター・ビジョルドが1989年に書いたSF 親愛なるクローンで主人公のマイルズ・ヴォルコシガンがつぶやくセリフが、この「半分だけの男にはわけまえも半分」です。
惑星バラヤーは、ワームホールの不安定化により数百年に渡って他の恒星系から隔絶され、その間に文明が失われて中世風の封建社会となってしまった惑星です。数十年前に再びワームホールが開くと、文明の進んだ恒星系から侵略を受けますが、それを中世野蛮人の底力で跳ね返し、文明も取り入れていまや一大軍事勢力となってる。
その中世風なバラヤー帝国の躍進する原動力となったのがアラール・ヴォルコシガン提督。天才的な軍人として英雄視されており、皇位継承権を持つ名門貴族でもありますが、戦争中に敵国(高度なテクノロジーを持つ惑星ベータ)の軍人コーデリアネイスミス大佐と恋に落ち、結婚します(名誉のかけら)。
その二人の間に生まれたのが、このシリーズの主人公であるマイルズ・ヴォルコシガン。ところが帝国摂政となったアラールには敵も多く現れ、マイルズがコーデリアのお腹の中にいる間に毒ガスのテロ攻撃を受けます。結果マイルズは発育不全として生まれてくることに。いまだに中世の因習が深く残るバラヤーでは、発育不全みたいな身体障害者は差別されまくってて、マイルズは実の祖父にさえ殺されかけるんですけど、そういうのと戦いながら生きることに(バラヤー内乱)。生き残るために頭の回転と口のうまさを身につけたマイルズは、一度は海軍士官学校への入学に失敗しながら、冒険の末に傭兵艦隊の司令官に収まってしまい、士官学校にも返り咲いて、「ヴォルコシガン家の跡取り息子にしてバラヤー軍(機密保安庁)の下っ端士官マイルズ・ヴォルコシガン中尉」ならびに「宇宙傭兵の提督マイルズ・ネイスミス」の二つの顔を持って活躍することになります(戦士志願)。というのがヴォルコシガン・サーガ・シリーズの設定。
発育不全の体のせいでロマンス的にはあまり恵まれてなかった我らの主人公マイルズではありますが、この「親愛なるクローン」ではロマンスが半分だけ成就することになります。お相手はネイスミス提督の直属の部下でボディガードのエリ・クイン中佐。マイルズが最初に傭兵艦隊の司令官になったときに彼の指揮下での戦闘で顔に大焼けどを負い、責任を感じた彼が惑星ベータの整形病院に送って最高に美人な顔を買ってやった相手です。つまり整形美人なんですけど、軍人としても超有能なのね。でもこのロマンスにはエリの有能さが仇となった。
マイルズはエリに、自分の母コーデリアのようなことを期待するんですね。やはり有能な宇宙軍人でありながら宇宙艦隊での生活を諦めてアラールと地上で暮らすことを選び、その有能さで権謀術策渦巻くバラヤーの宮廷政治を生き残るのに成功したコーデリア。封建貴族らしくヴォルコシガンの家を継ぐ責任を負ったマイルズは、自分の結婚相手にも母と同じ有能さを求めるんです。
しかしエリは、彼女自身マイルズを愛していながら、プロポーズを断ります。宇宙艦隊の司令官となることを夢見るエリは、中世っぽく封建的な惑星の上で生きることを拒否。エリが愛しているのは、マイルズ・ヴォルコシガンではなく、マイルズ・ネイスミスなんですね。
そこで出て来るのがさっきのセリフ。結婚はできない恋人同士として、二人は結ばれることになります。
この小説を最初に読んだのはもう10年以上昔のことで、まだ当時若かった私はやっぱ良くわかってなくて「うーんそういうロマンスもありなのかなあ」的な感想だったんですが、今読み返してみるといろいろ思うところがある。

「ねえ、あなたの骨に飛び跳ねてもらってもいいかしら。もちろん、気をつけてだけど。あなたを拒否したこと怒ってないわね? つまりバラヤーをってことだけど。あなたを拒否なんかしないわ、絶対に…」
彼女は笑った。彼女を笑わすことがまだできるのなら大丈夫だ。彼女のほしいのがネイスミスだけなら、もちろんあたえられる。半分だけの男にはわけまえも半分だ。
親愛なるクローン (創元SF文庫)

親愛なるクローン (創元SF文庫)