「ローマ人の物語」シリーズに欠けているもの

15巻まで出終わったということで、「ローマ人の物語」シリーズ全体を見返してみませう。とか言いつつ、主に、というか100%悪口になります。ちなみに15巻単独については 別に感想を書いた のでそっちをどおぞ。
塩野七生の悪いところは「キャラ萌え」の癖があるところです。歴史をキャラクタとしての人物を通して見ることしかできない。「英雄(およびボケ為政者)によって歴史が作られてきた」史観ですね。まあ物語作家って職業の限界だと思う。物語って常に「登場人物」が必要で、物語作家は登場人物個人の目と声を通してしか物語を紡ぐことができない。同じ欠点は司馬遼太郎にも見られます。英雄物語(およびボケ為政者の悲劇)としてはすんごく面白いんだけどね。
実はローマ帝国崩壊の大きな原因に「3世紀以降北半球の気候が寒冷化した」という話があります。この時期はローマ帝国に限らずあちこちで戦乱が記録されていて、例えば中国では漢が滅びて三国志の戦乱が起きてます。日本だと倭国大乱の頃だから「古墳寒冷期」て呼ばれてる。フン族の移動は有名ですけど、実はフン族に限らずユーラシア大陸全体で北方騎馬民族の大移動がありました。寒くなって食えなくなった北方民族がみんな移住しようとしたわけやね。それと寒冷化による農業の不振から税収も落ち込み、あちこちで国が滅びたわけです。
こういう風に気候や環境の変化を歴史と結びつけて考える話は、ここ10年ほどの間に急速に盛り上がってきてて、Brian M. Fagan の 古代文明と気候大変動 -人類の運命を変えた二万年史 なんかが白眉 (翻訳がかなりタコだけど)。なんだけど、キャラ萌え塩野七生はこの辺を完全にスルーしてます。恐るべきスルー力。でもまあそりゃそうだわな。環境問題ってえやつは、キャラクタとしての登場人物の視点からは出てこない。「人間も環境を構成する要素の一つに過ぎない」っていう自然科学的な視点が必要になる。そういう視点って、キャラ萌え物語作家の塩野七生には、全く欠けてるんです。
新潮社や文藝春秋、それに財界のお偉方は、やっぱり英雄物語が大好きなんで、そういった物語から「日本は今後どうあるべきか」的な指針を導きたいって感じみたいですが、わたしゃ賛成しないねえ。むしろ「ローマ帝国は気候変動を乗り切ることができなかった」ていうところから、21世紀に我々が否応無く直面する地球温暖化(今更CO2排出削減しても手遅れだろうし)をどう乗り切るかって考えないと。我々が未来をかけるべきは、物語じゃなくて、サイエンスですよ。

古代文明と気候大変動 -人類の運命を変えた二万年史

古代文明と気候大変動 -人類の運命を変えた二万年史

追記: ローマ帝国崩壊の話 にいろいろ追記してみましたんで、そちらもどうぞ。